「必要な事業」と「行政が担うべき事業」は、本当に同じなのでしょうか。
前回は、「そもそも公共とは何か」「なぜ道路や学校、体育館や文化ホールを税金で支えているのか」というところから、行政の役割を考えました。
今回は、そこからもう一歩進めます。人口が減り、税を負担する世代も減っていく中で、今ある行政サービスをすべて今までと同じ形で維持することは、ますます難しくなります。
だからこそ、「何を削るか」ではなく、「何を行政が担うべきなのか」という原則から考える必要があると思っています。
今回の出発点
「この事業は必要か」ではなく、
「なぜ、この事業を税金で行政が担う必要があるのか」
この問いから、一つひとつの行政事業を考えてみます。
① なくなれば、生命や安全に影響するか
まず分かりやすいのが、生命や安全に関わるものです。
消防、救急、防災、河川、道路、上下水道などは、なくなったり十分に機能しなかったりすれば、市民の生命や財産に直接影響します。
こうしたものは、行政が優先して守るべき分野だと考えやすいでしょう。
大切なのは、「何人が利用しているか」だけではなく、
「なくなったら何が起こるのか」を見ることです。
毎日消防車を利用する市民はいません。
それでも、必要な時に消防車が来る体制を地域全体で維持することには、大きな意味があります。
② 最低限の生活や機会を失う人がいるか
次に考えたいのが、本人の努力だけでは解決できない事情です。
病気、障害、貧困、虐待、家庭環境などによって、生活そのものや教育・社会参加の機会を失う人がいます。
こうした部分は、行政が担う重要な役割です。
利用者が少ないからといって、単純に優先度が低いとは限りません。
例えば10人しか利用していない支援でも、それがなくなれば10人の生活が成り立たなくなるのであれば、社会全体で支える意味は大きいでしょう。
行政サービスは、「利用者数」や「一人当たりコスト」だけでは判断できません。
③ 利益は利用者だけのものか、社会全体にも及ぶのか
教育が分かりやすい例です。
学校教育は、子ども本人やその家庭だけの利益ではありません。教育を受けた子どもが将来社会を支えることを考えれば、その効果は地域や社会全体に及びます。
防災、環境対策、感染症対策なども同じです。
直接利用していない人にも利益が広がるものほど、税金で支える理由は強くなります。
反対に、利益の多くが特定の利用者本人に帰属するサービスであれば、「どこまでを公費で負担するのか」を考える余地が出てきます。
④ 民間や地域ではできないのか
行政が現在行っているからといって、行政でなければできないとは限りません。
民間企業が一定の品質と価格で提供でき、事業として成立するのであれば、基本的には民間が担うことができます。
地域団体やNPOなどが担える場合もあります。
一方で、住民にとって必要であっても、利用者が少ない、採算が取れない、設備投資が大きいなどの理由から、民間だけでは提供されにくいサービスもあります。
そうしたところにこそ、行政が関わる意味があります。
「儲からないからこそ、行政が担う」という公共の役割
行政は、利益を出すための組織ではありません
そもそも、多くの行政事業は利益を出すことを目的としていません。
利用料だけでは採算が合わない。
それでも、地域にとって必要だから社会全体で負担する。
ここに、公共サービスの一つの本質があります。
道路を造っても、通るたびに利用者から建設費を回収するわけではありません。
消防署も、「今年は消防車の出動が少なかったから赤字だった」と考えるものではありません。
図書館や公園も、利用料だけで建設費や維持費をすべて回収することを目的としているわけではありません。
例えば京田辺市には市立病院はありませんが、自治体が病院を運営している地域もあります。
病院ですから診療収入はありますが、公立病院には、救急医療や採算性だけでは維持しにくい地域医療などを担う役割を持つ場合があります。
市場だけでは残りにくい。でも、地域には必要。
民間では利益が出にくいため手を出しにくい。
しかし、なくなれば住民が困る。
そうしたものを社会全体で支えることも、行政が存在する理由の一つだと考えています。
ただし、これは「赤字なら何でも行政がやればよい」という意味ではありません。
民間がやらないというだけで、公費を投入する理由になるわけでもありません。
行政が担う理由を考える3つの問い
- 採算性は低くても、社会として維持する必要があるのか
- その利益は個人だけでなく、地域全体にも及ぶのか
- 行政以外に担う主体が存在するのか
行政は、民間企業と同じように「利益を出す事業を探す組織」ではなく、
市場では十分に供給されないけれど、社会には必要なものを支える役割を持つ。
この原則から考えると、行政が民間と同じ市場で同じサービスを行う場合には、「なぜ行政がそこまで担う必要があるのか」を、より丁寧に説明する必要があります。
一方で、採算が取れないという理由だけで、必要な公共サービスを切り捨てることも適切ではありません。
大切なのは、「利益が出るか」ではなく、
「税金を使ってでも社会として維持する価値があるか」です。
⑤ 利用する人に、一定の負担をお願いできないか
行政サービスでは「無料」という言葉をよく使いますが、本当の意味で無料なわけではありません。
利用者がその場で支払っていなくても、その費用は税金によって負担されています。
だからこそ、個人的な利益が比較的大きいサービスについては、一定の受益者負担を求められないかを考える必要があります。
ただし、料金を払えないことで必要な福祉や教育を受けられなくなるのであれば、それは別の問題です。
重要なのは、「誰が利益を受け、誰が負担するのか」を意識することです。
⑥ 税金と、得られている効果は見合っているか
行政事業だからといって、費用対効果を考えなくてよいわけではありません。
ただし、単純に「利用者一人当たりいくら」と計算するだけでも不十分です。
1,000万円を使って1,000人が少し便利になる事業と、同じ1,000万円を使って10人の生命や生活を守る事業。
数字だけを見れば前者の方が効率的に見えますが、行政の役割を考えれば、後者にも大きな意味があります。
「いくら使ったか」「何人が使ったか」だけではなく、
「その税金で何を守ったのか」まで見る。
⑦ 行政が「直接やる」必要があるのか
目的そのものは必要でも、市役所が直接実施する必要があるとは限りません。
- 民間へ委託する
- 地域団体と協働する
- 補助制度にする
- 必要な人への利用料助成にする
- 近隣自治体と共同で実施する
こうした方法もあります。
「続けるか、やめるか」だけではありません。
目的を守りながら、行政の関わり方そのものを変えるという選択肢があります。
「今日、ゼロからでも始めるだろうか」
既存事業を見直す時、私はもう一つ分かりやすい問いがあると思っています。
「もし、この事業が今まで存在していなかったとして、今日から新しく税金を使って始めるだろうか」
始まった当時には十分な理由があった事業でも、30年、40年と経てば社会は変わります。
人口構成も、家族のあり方も、民間サービスも、情報通信環境も変わっています。
それでもなお、現在の形のまま行政が行う必要があるのか。
「昔からやっているから」ではなく、「今も行政が担う必要があるのか」を考える必要があります。
行政改革は、「何を切るか」ではない
行政改革という言葉には、どうしても「行政サービスを削る」という印象があります。
しかし、本来はそうではないと思っています。
防災を守る。
インフラを守る。
子どもの育ちを守る。
本当に困っている人への支援を守る。
そして、市場原理だけでは維持できないけれど、地域に必要なサービスを守る。
そのために、行政が担う必要性の低い部分については、民間や地域に任せたり、受益者負担を求めたり、役割を終えた事業を終了したりする。
そこで生まれた財源や人員を、本当に必要なところへ振り向ける。
「必要ですか?」だけでは、ほとんどの事業は必要になる
文化も必要です。
スポーツも、高齢者施策も、子育ても、産業振興も、地域交流も、それぞれに意味があります。
しかし、税金も人員も無限ではありません。
だから、もう一つ問いを加える必要があります。
「その中でも、なぜ行政が担うのか」
生命や安全のためなのか。
最低限の生活を守るためなのか。
社会全体に利益があるからなのか。
民間では採算が合わず供給されないけれど、地域には必要だからなのか。
利用者に一定の負担を求めることはできないのか。
行政が直接やる必要があるのか。
こうした視点から一つひとつを考えていけば、「何でも行政」でも「何でも民間」でもない、持続可能な行政の形が見えてくるのではないでしょうか。
人口減少時代に必要なのは、行政を単純に小さくすることではありません。
本当に行政でなければできない仕事へ、力を集中させることです。
そのために今一度、「行政の役割とは何か」を考え直し、何を社会全体で支え、何を民間や地域、個人に委ねるのかを整理していく。
私は、それが人口減少時代に必要な行政改革だと考えています。
連載「人口減少時代の行政を考える」
第1回では、「公共とは何か」「なぜ税金で支えるのか」という原点から、行政の役割について考えています。

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