【世界の地方議会 Vol.6】スウェーデン編:議員の97%が兼業? 「余暇政治家」が支える高福祉国家と、合理的な選挙システム
はじめに:高福祉国家を支えるのは「素人」だった
世界の地方自治システムを比較し、日本の議会のあり方を再考する連載シリーズ。
ドイツ、フランス、イギリス、アメリカと巡ってきたこの旅も、今回で5カ国目です。
今回ご紹介するのは、北欧の雄「スウェーデン」です。
スウェーデンといえば、世界最高水準の福祉、男女平等、高い幸福度で知られる国。「ゆりかごから墓場まで」と言われる手厚い公共サービスを提供しているこの国では、さぞかし優秀なエリート政治家たちが、強力なリーダーシップで自治体を運営しているのだろう……そう想像されるかもしれません。
しかし、実態は全く逆です。
スウェーデンの地方自治を支えているのは、仕事終わりの夕方に集まる、ごく普通の市民たちです。彼らは「フリティース・ポリティケル(余暇政治家)」と呼ばれ、文字通り「余暇」を使って政治を行っています。
「プロの政治家はわずか3%」
「報酬はないが、損もしない」
「選挙は4年に1度、全部まとめて行う」
今回は、素人の集まりでありながら、なぜあれほど複雑で巨大な福祉システムを運営できるのか。その驚くべき合理的な仕組みをレポートします。
1. 97%が兼業:議員は「職業」ではない
スウェーデンの基礎自治体(コミューン)における最大の特徴は、議員の**「身分」**です。
スウェーデン地方自治連盟のデータによると、全地方議員のうち、約97%が本業を持つ**「兼業議員(余暇政治家)」**です。
議員報酬だけで生活している「専業議員」は、全体のわずか3%程度に過ぎません。
彼らにとって議員活動は、職業(キャリア)ではありません。あくまで「市民としての義務」や「社会貢献活動」の一環です。感覚としては、日本の「PTA役員」や「消防団」、あるいは「マンション管理組合の理事」に近いものがあります。
「自分たちの街のことは、自分たちで時間を出し合って決める」
この徹底した当事者意識が、スウェーデンのデモクラシーの根幹です。
では、いつ活動しているのかといえば、やはり欧州のスタンダードである「夜間議会」です。
多くの自治体で、議会は平日の18時頃から始まります。仕事を終えた議員たちが、サンドイッチやコーヒーを片手に議場に集まり、夜遅くまで議論を交わします。
「政治家」という特別な職業があるのではなく、隣に住んでいる市民が、夜になると「議員」の顔になる。これがスウェーデンの日常です。
2. わずか3%のプロ:「コミューン・ラード」
とはいえ、全員がボランティアで、行政実務のすべてを取り仕切ることは不可能です。そこで登場するのが、残り3%のプロたちです。
彼らは「コミューン・ラード(自治体委員)」と呼ばれます。
議会の多数派(与党)の中から選ばれたリーダー格の議員数名だけが、この職に就きます。
- 一般議員: ボランティア(兼業・無給に近い)
- コミューン・ラード: フルタイム(専業・高給)
コミューン・ラードは、市役所に自分の執務室を持ち、月曜から金曜まで朝から晩まで働きます。
スウェーデンには、日本のような「直接選挙で選ばれる市長」がいません。議会が選んだ「実行委員会(内閣)」が行政を行いますが、その委員長や副委員長を務めるのが、彼らです。
「大多数の市民代表(アマチュア)」が決定し、「少数の政治的リーダー(プロ)」が実行する。
この役割分担が明確なのです。
3. 報酬の概念がない:「所得補償」という発明
兼業議員が97%を占めるスウェーデンですが、彼らを支える金銭的な仕組みは、日本とは全く異なる哲学で作られています。
日本の地方議員には「議員報酬(給料)」が支払われますが、スウェーデンの一般議員には「給料」はありません。支払われるのは以下の2つです。
① 会議出席手当(Arvode)
会議に1回出るごとに支払われます。金額は自治体によりますが、数千円から数万円程度。「お小遣い」レベルです。
② 所得補償(Förlorad arbetsförtjänst)
これが最も重要で、日本が見習うべき画期的なシステムです。
「議員活動のために仕事を休んだり早退したりして、減ってしまった本業の給料を、自治体が全額補填する」というものです。
例えば、時給の高い弁護士が仕事を休んで議会に来ても、パートタイムの労働者が休んで来ても、それぞれの「失われた稼ぎ」がそのまま支払われます。
これにより、「議員をやると貧乏になる」という事態を完全に防いでいます。
「儲かりはしないが、損もしない」。
この原則があるからこそ、現役世代や子育て世代、専門職の人々が、経済的なリスクを負わずに議員になれるのです。
4. 投票率80%超:「トリプル選挙」の魔法
スウェーデンの地方自治を語る上で外せないのが、選挙の仕組みです。
スウェーデンの投票率は、国政も地方選挙も、安定して80%を超えています。日本の地方選投票率が30%〜40%台に低迷していることを考えると、驚異的な数字です。
なぜこれほど高いのか。国民の意識が高いから? いえ、最大の理由は「制度」にあります。
スウェーデンでは、4年に1度、9月の第2日曜日に「トリプル選挙」が行われます。
- 国会議員選挙
- 広域自治体議員選挙(医療などを担当)
- 基礎自治体議員選挙(教育・福祉などを担当)
この3つの選挙を、「同じ日の、同じ投票所」で行うのです。
これには絶大なメリットがあります。
テレビや新聞が国政選挙で盛り上がれば、国民全員が投票所に行きます。そのついでに、地方議員も選ぶことになるため、地方選挙の投票率も自動的に80%になります。
「選挙疲れ」もなく、コストダウンにもなり、投票率も上がる。まさに「一石三鳥」のシステムです。
また、選挙は完全な「比例代表制(政党を選ぶ選挙)」です。
そのため、地方選挙であっても「どの政党が、どんな福祉政策を掲げているか」が争点になりやすく、政策本位の選挙が行われます。
5. 日本との比較:システムが生む違い
これまでの内容を、日本と比較してみましょう。
| 項目 | 🇯🇵 日本 (一般的な市議会) | 🇸🇪 スウェーデン (コミューン) |
| 議員の身分 | 特別職公務員 (事実上の職業) | 余暇政治家 (97%が兼業) |
| 行政トップ | 市長 (直接選挙で選ぶ) | 実行委員会 (議会が選ぶ内閣) |
| 主な報酬 | 議員報酬 (生活給レベル) | 所得補償 (休んだ分の給料補填) |
| 会議の時間 | 平日 昼間 | 平日 夕方・夜間 |
| 選挙制度 | 個人名投票・バラバラに実施 | 政党投票・3つの選挙が同日 |
| 投票率 | 30%〜50%程度 (地方選単独) | 80%以上 (国政と同日) |
| 女性比率 | 15%〜20%程度 | 40%以上 (ジッパー制※) |
※ジッパー制:候補者名簿を「男女男女…」と交互にすること。法律ではないが、主要政党の慣例となっている。
私たちが学べること
① 「所得補償」という発明
日本で「なり手不足」が叫ばれるとき、しばしば「報酬を上げるか下げるか」という議論になります。
しかしスウェーデンの事例は、報酬額そのものよりも、「選挙に出ることで本業のキャリアや収入を損なわない仕組み(休業補償)」こそが、現役世代の参加の鍵であることを教えてくれます。
② 選挙の合理化
投票率を上げるためにポスターを貼るのも大切ですが、「国政選挙と一緒にやる」という制度変更ほど劇的な効果を生むものはありません。
地方の争点が埋没するという懸念もありますが、80%の市民が意思表示をするという民主的正当性は圧倒的です。
おわりに:
6回にわたり、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ、そしてスウェーデンと、世界の地方自治の現場を旅してきました。
それぞれの国に、それぞれの歴史があり、正解はありません。
しかし、共通して言えることは、どの国も「民主主義を維持するために、不断の工夫を凝らしている」ということです。
- ドイツ: 市民による堅実な自治
- フランス: 強力なリーダーと平等の強制
- イギリス: 役割分担による効率化
- アメリカ: 経営視点の導入と市民対話
- スウェーデン: 誰もが損をしない参加の仕組み
ひるがえって、日本の地方自治はどうでしょうか。
明治時代に作られた骨格を維持しつつ、高い報酬と専業議員による「フルセットの議会」を全国津々浦々で維持してきました。それは「行政監視」という点では優れた機能を発揮してきましたが、人口減少とライフスタイルの変化の中で、制度疲労を起こしているのも事実です。
「日本の常識は、世界の非常識かもしれない」
この視点を持つことは、決して日本の否定ではありません。日本は日本でいいと思っています。そもそも土壌が違いますから。ただ、さまざまな情報を仕入れながら、選択肢を広げる努力をしていくことが重要だと思います。
京田辺市においても、これまでの慣習にとらわれず、「夜間議会の可能性」や「市民参加の新しい形」、そして「議員のあり方」について、市民の皆様と共に議論を深めていきたい。この連載が、その小さなきっかけになれば、これに勝る喜びはありません。
