世界の地方議会 Vol.4】イギリス編:議会の中にも「階級」がある? エリートと平議員を分ける、残酷なまでに合理的なシステム

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はじめに:議会制民主主義の母国へ

みなさんこんにちは。京田辺市議会議員の長田和也です。さて、世界の地方自治を比較する連載シリーズ。

ドイツの「夜間ボランティア議会」、フランスの「市長率いるチーム戦」に続き、今回はいよいよ議会制民主主義の母国、「イギリス(英国)」へと舞台を移します。

イギリスといえば、チャーチルやサッチャーといった強力なリーダーシップを持つ首相と、国会での激しい討論のイメージがあるかもしれません。

実は、そのスタイルは地方議会にも色濃く反映されています。

そこで私たちが目にするのは、日本の「議員はみな平等」という常識を覆す、「役割と報酬の明確な格差」でした。

「同じ議員なのに、権限も給料も全く違う」。

今回は、そんなイギリス流の、残酷なまでに合理的な自治システムをご紹介します。


1. 日本とは違う? 「ミニ国会」型のリーダー選出

まず、基本的な仕組みの違いから見ていきましょう。

日本の地方自治は「二元代表制」です。市長も、議員も、それぞれ住民が直接選挙で選びます。だからこそ、市長と議会が対等に向き合い、緊張関係が生まれます。

しかし、イギリスの地方自治の主流(リーダー・キャビネット制)は、まさに「ミニ国会(議院内閣制)」です。

  1. 住民は「議員」だけを選ぶ:原則として、市長選挙はありません(※ロンドンなど一部大都市を除く)。住民は地域の議員を選びます。
  2. 議会が「リーダー」を選ぶ:議会で過半数を取った政党のトップが、自治体の長である「リーダー(Leader)」に選出されます。国で言えば首相にあたります。
  3. リーダーが「内閣」を作る:リーダーは、同僚議員の中から数名を指名し、「キャビネット(内閣)」を組織します。

つまり、行政のトップ(リーダー)は議会の中から生まれます。

日本のように「市長 vs 議会」のねじれが構造的に起きにくく、与党の方針がダイレクトに行政運営に反映される仕組みです。


2. 議会の中の「階級社会」:キャビネットとバックベンチャー

ここからがイギリスの最大の特徴です。

同じ選挙で選ばれた議員(Councillors)なのに、議会の中で「支配する側」と「チェックする側」に身分がパッキリと分かれます。

① 支配する側:「キャビネット・メンバー」

リーダーから指名された、わずか数名〜10名程度の幹部議員たちです。

彼らは「教育担当」「都市計画担当」「財務担当」といったポートフォリオ(担当領域)を持ち、事実上の「大臣」として振る舞います。

  • 権限: 担当分野については、役所の職員(オフィサー)に対して指示を出し、政策を決定する強力な権限を持ちます。
  • 働き方: 平日の昼間から市役所に個室を持ち、フルタイムで働きます。まさに「行政のプロ」です。

② チェックする側:「バックベンチャー(平議員)」

キャビネットに入れなかった、残りの大多数の議員たちです。

彼らには、行政を動かす権限はありません。

  • 役割: キャビネットが決めたことを事後的にチェック・監視すること(スクルティニー)と、地元住民の困りごと相談(ケースワーク)が主な仕事です。
  • 働き方: 基本的に権限が弱いため、専業でやる意味があまりありません。多くの平議員は別に本業を持っており、活動は夕方や夜間に行われます。

日本では、ベテラン議員も新人議員も、与党も野党も、議員としての法的な権限や報酬は平等です。しかしイギリスでは、キャビネットに入るか否かで、まるで別の職業かのように役割が変わってしまうのです。


3. 報酬の格差:プロの給料とボランティアの手当

この「身分差」は、当然ながら懐事情(報酬)にも直結します。

イギリスの議員報酬(Allowance)は、「基本給」+「役職手当」の2階建て構造になっています。

① バックベンチャー(平議員):お小遣い程度

全ての議員に支払われる「基本手当(Basic Allowance)」は、決して高くありません。

自治体規模にもよりますが、年額 1万〜1.5万ポンド(約190万〜280万円)程度が一般的です。

物価の高いイギリスで、これだけで生活するのは不可能です。あくまで「ボランティア活動への対価」であり、だからこそ彼らは別に仕事を持つのです。

② キャビネット・メンバー(幹部):プロの待遇

一方、リーダーやキャビネット・メンバーには、これに「特別責任手当(Special Responsibility Allowance)」がガツンと上乗せされます。

合計すると年額 3万〜6万ポンド(約570万〜1,100万円)、大都市のリーダーならそれ以上になります。

彼らはこの報酬で生計を立て、プロの政治家として行政運営に専念します。

「責任ある者には高い報酬を。そうでない者には実費程度を」。

ここにも、イギリス流の冷徹なまでの合理主義が見て取れます。


4. 政治家と公務員の関係:「決定」と「執行」の分離

イギリスの地方自治を視察した日本の議員が驚くのが、政治家(メンバー)と公務員(オフィサー)の関係性です。

日本では、議員が職員に対して「あれをやれ」と命令することはできません(利益誘導やパワハラになります)。

しかしイギリスのキャビネット・メンバーは、担当分野の職員に対して「政治的な指示」を出します。

  • 政治家(メンバー): 「何をやるか(WHAT)」を決める。
  • 公務員(オフィサー): 「どうやるか(HOW)」を専門知識で実行する。

この役割分担が明確です。

例えば、「A地区の再開発を進める」と政治家が決めたら、職員はその決定に従って技術的なプランを作ります。職員は政治的に中立ですが、決定された政策の遂行には忠実です。

逆に、政治家が「特定の業者を使え」といった細部に口を出すことは固く禁じられています(メンバー・オフィサー・プロトコル)。

この信頼関係(と緊張感)があるため、政治家のリーダーシップが行政の末端までスピーディーに伝わるのです。


5. 日本との比較:私たちは恵まれている?

ここまで見てくると、日本の地方議員の置かれている環境が、世界的に見ていかに「特殊」であり、ある意味で「恵まれている」かが分かります。

項目🇯🇵 日本の地方議会🇬🇧 イギリスの地方議会
議員間の格差ほぼ平等
(全員が同じ権限・報酬)
絶大な格差
(幹部と平議員の階級差)
報酬比較的高い
(平議員でも生活給水準)
二極化
(幹部は高給、平議員は低額)
行政への関与間接的
(質問・提案のみ)
直接的
(幹部は直接指揮する)
会議の時間平日 昼間昼間(幹部) / 夜間(平議員)
決定スピード調整に時間がかかる速い (与党が即決定)

「平議員」の地位の高さ

イギリスでは「平議員(バックベンチャー)のなり手不足」や「無力感」がしばしば問題になります。「権限もないし金もない、ただの追認機関じゃないか」という不満です。

それに比べると、日本の地方議員は、1年目の新人であっても、市長に対して堂々と質問し、予算案に反対する権限を持っています。報酬も、兼業なしで活動できるレベルで保障されていることが多いです。

これは、「すべての議員がフルタイムで働ける環境を整えることで、行政を多角的にチェックする」という、日本の民主主義のコスト(覚悟)の表れとも言えます。


6. まとめ:スピードか、熟議か

イギリスのシステムは、「決定と責任」に特化しています。

選挙で勝った多数派がリーダーを選び、リーダーが最強の内閣を作って、街をガンガン動かす。失敗したら、次の選挙で政権交代する。非常に分かりやすく、スピーディーです。

一方、日本は「熟議と調整」のシステムです。

市長と議会が別々に選ばれ、議員全員が対等な立場で議論するため、決定には時間がかかりますが、多様な意見が反映されやすいというメリットがあります。

「何も決まらない政治」と批判されることも多い日本ですが、イギリスのように「勝者総取り」で少数意見が切り捨てられやすいシステムが良いのかというと、それもまた議論の余地があります。

イギリスの事例は、私たちにこう問いかけています。

「あなたたちの街に必要なのは、強力なリーダーシップによるスピードですか? それとも、じっくりと話し合う合意形成ですか?」

さて、ヨーロッパの主要3カ国(独・仏・英)を見てきましたが、いずれも日本とは全く異なるアプローチで「自治」を行っていました。

次回、連載第5回目は、太平洋を渡り「アメリカ合衆国」へ向かいます。

そこには、「プロ経営者を雇って街を経営させる」という、ビジネス大国ならではの驚きのシステムが待っています。

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