【世界の地方議会 Vol.5】アメリカ編:プロ経営者を雇って街を経営? 報酬3000万からボランティアまで、多様すぎる「民主主義の実験室」
はじめに:自由とビジネスの国へ
世界の地方自治を比較する連載シリーズ。
ドイツの「夜間ボランティア議会」、フランスの「市長率いるチーム戦」、イギリスの「議会内階級社会」に続き、第5回は「アメリカ合衆国」です。
アメリカの政治といえば、大統領選のような派手なリーダーシップをイメージするかもしれません。
しかし、足元の地方自治(市や町)に目を向けると、そこには日本の常識では測れない、非常に合理的かつ「ビジネスライク(企業的)」な運営手法が存在していました。
「市長には権限がない?」
「議会がプロの社長をヘッドハンティングする?」
今回は、株式会社のように街を経営するシステムと、そこで働く議員たちの驚くべき実態をご紹介します。
1. 仕組み:市役所は「株式会社」である
まず、根本的な仕組みの違いから見ていきましょう。
日本の市役所は、住民が選挙で選んだ「市長」がトップとして行政を指揮します(大統領型)。
しかし、アメリカの多くの中規模都市(人口数万〜数十万人)で採用されている「シティー・マネージャー(議会・支配人)制」は、完全に企業のガバナンス構造そのものです。
- 株主(市民): 街のオーナーです。
- 取締役会(議会): 株主総会(選挙)で選ばれた、街の方針を決める機関です。
- 取締役会長(市長): 議会の議長を務めますが、行政権限(人事権や予算執行権)は持ちません。
- 代表取締役社長(マネージャー): ここが最大の特徴です。
「市長」は行政を行いません。
その代わり、議会が面接をして、外部から行政管理のプロフェッショナルを「シティー・マネージャー」として雇い入れます。
マネージャーは選挙で選ばれる政治家ではなく、修士号(MPA)などを持つ専門職です。「財政再建」や「都市開発」といったミッションを受けて高額な報酬で雇われ、もし成果が出せなければ、議会の過半数の議決で即クビ(解任)になります。
「人気のある人が当選する」のではなく、「実務能力のある人を雇う」。
この徹底した合理性が、アメリカ地方自治の根幹です。
2. 議会の「狭き門」:数万人をたった数名で?
イギリス編では「議会の中の格差」を紹介しましたが、アメリカの議会で衝撃的なのは、その「人数の少なさ」です。
日本の地方議会は、人口6万人の市であれば20名程度の議員がいるのが一般的です(議員1人が3,000人程度を担当)。
しかしアメリカでは、人口規模にかかわらず、議員定数が「5名、7名、9名」といった一桁であることが珍しくありません。
- 人口10万人の都市: 議員定数が7名というケースが多々あります。(議員1人が約1万4,000人を担当)
- ロサンゼルス(人口400万人): 議員定数はわずか15名です。(議員1人が約26万人を担当)
なぜ、これほど少ない人数で回るのでしょうか?
それは、前述の「マネージャー制」のおかげで、議員が「道路の穴を埋めてくれ」といった細かい陳情処理(口利き)をする必要がないからです。実務はプロであるマネージャーと職員がシステム的に処理します。
その分、議員は「経営方針の決定」と「マネージャーの監視」に集中するため、少数精鋭の方が意思決定が早くなるのです。
3. 報酬の超・二極化:大富豪か、ボランティアか
イギリス編では「幹部はプロ、平議員はボランティア」という役割による格差がありましたが、アメリカの場合は「都市の規模」による格差が極端です。
① メガシティの議員:スーパー・エリート
ニューヨークやロサンゼルスのような巨大都市の議員は、日本の国会議員以上の待遇です。
- 報酬: 年収 20万ドル(約3,000万円)を超えることもあります。
- スタッフ: 議員一人ひとりに、政策秘書や広報など10名以上の専属スタッフがつきます。
- 仕事: 完全なフルタイム。巨額の予算と利権が絡むため、選挙戦も激戦となります。
② 中小都市の議員:「お小遣い」程度の市民奉仕
一方で、アメリカの大多数を占める中小都市(日本の一般的な市に相当)はどうでしょうか。
ここでは欧州と同様、「パートタイム議会」が一般的です。
- 報酬: 「給与」ではなく「手当(Stipend)」です。月額 500〜2,000ドル(約7万〜30万円)程度が多く、これだけで生活するのは不可能です。
- 働き方: ほとんどが別に本業を持っています。
- 会議: 仕事終わりの「夜間議会(火曜夜7時など)」が主流です。
「高給取りのプロ(マネージャー)」を雇っているのだから、監視役の議員は「市民目線のボランティア」で十分だ。この割り切りが、アメリカの中小都市のスタンダードです。
4. 議場の風景:市民がマイクを握る「熱気」
アメリカの議会を傍聴して最も驚くのは、「パブリック・コメント(公衆発言)」の激しさです。
日本の議会では、傍聴人は静かに座っているだけですが、アメリカの議会では、議事日程の中に「市民が発言する時間」が正式に組み込まれています。
- 誰でもOK: 事前に名前を書けば、誰でも議場のマイクの前に立てます。
- 3分間の直訴: 持ち時間は1人3分程度。「交差点に信号をつけて」「開発反対」といった要望から、議員に対する激しい批判まで、あらゆる声が飛び交います。
議員数が少なく、市民との距離が遠くなりがちなアメリカにおいて、この時間は「ガス抜き」以上の意味を持ちます。議員たちはその場で反論せず、ひたすら市民の生声を浴び続けます。
「議会は市民の広場(フォーラム)である」という民主主義の原点が、そこにはあります。
5. 日本との比較:私たちへのヒント
アメリカのシステム(特にマネージャー制)を日本と比較すると、以下の特異性が浮かび上がります。
| 項目 | 🇯🇵 日本 (市長・議会) | 🇺🇸 アメリカ (マネージャー制) |
| 行政トップ | 市長 (政治家・公選) | マネージャー (議会が雇うプロ) |
| トップの任期 | 4年間 (身分保障あり) | なし (成果なければ即解任) |
| 議会の権限 | 予算・条例の議決、監視 | トップの人事権 (任命・解任) |
| 議員の報酬 | 比較的均一 (生活給レベル) | 超・二極化 (3000万 or 数十万) |
| 議員の人数 | 多い (数千人に1人) | 非常に少ない (数万〜数十万人に1人) |
| 市民参加 | 請願・陳情 (文書中心) | パブリックコメント (発言中心) |
私たちが学べること
アメリカの事例は、「選挙に強い人(政治家)」と「経営の上手い人(実務家)」を分けて考える合理性を教えてくれます。
日本の市長も選挙で選ばれますが、複雑化する行政課題に対応するために、アメリカのように「プロの経営人材」を登用する発想は参考になるはずです。
また、「議員定数を減らすなら、その分、市民が直接発言できる場(パブリックコメント)を作る」というセットでの改革も、一つの選択肢かもしれません。
まとめ:合理と熱気の国
アメリカの地方自治を一言で表すなら、「経営のプロによる効率化」と「市民の直接参加による熱気」のハイブリッドです。
ドライにプロを雇い、成果が出なければクビにする。
その一方で、議場では市民が汗をかいてマイクで訴える。
このダイナミズムこそが、アメリカの民主主義の強さ(と激しさ)なのかもしれません。
さて次回、第6回は、再びヨーロッパに戻り、高福祉国家として知られる北欧「スウェーデン」へ向かいます。
