【世界の地方議会 Vol.3】フランス編:「市長は絶対王者」? 徹底したチーム戦と男女同数が織りなす、日本とは真逆の政治システム

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はじめに:革命の国の地方自治

世界の地方議会を比較する連載、第3回は「フランス」です。

前回のドイツ編では、「仕事終わりの夕方に集まる市民ボランティア」という、日本の常識を覆す姿をご紹介しました。

では、フランスはどうでしょうか。

芸術と革命の国フランス。そこで行われている地方自治は、ドイツとも、そして日本とも全く異なる、非常にユニークかつ「強烈なリーダーシップ」を前提としたシステムでした。

「一般議員はほぼ無報酬」

「議員の男女比はほぼ半々」

「市長は絶対的な権力者」

今回は、日本の地方議員である私の視点から、フランスの基礎自治体(コミューン)の驚くべき実態を詳細にレポートします。


1. 35,000の「コミューン」と、絶大な権力者「メール」

フランスの地方自治を語る上で欠かせないのが、基礎自治体である「コミューン(Commune)」の存在です。

フランス全土には約35,000ものコミューンが存在します。日本が平成の大合併を経て約1,700市町村になったことを考えると、その細かさが分かります。人口数十人の村から、パリのような大都市まで、すべて等しく「コミューン」と呼ばれます。

そして、このコミューンの頂点に君臨するのが、「メール(Maire)」と呼ばれる市長です。

日本の市長も権限は強いですが、フランスの市長は桁違いです。

フランスの市長は、トリコロール(青白赤)のタスキを肩から掛け、自治体の長であると同時に「国の代理人」としての性格も強く持っています。結婚式を執り行うのも、一部の警察権を持つのも市長です。地域において、市長は「お父さん/お母さん」のような絶対的な権威と人気を誇ります。

そして、フランスの議会制度は、この「強力な市長をどう支えるか」という視点で設計されていると言っても過言ではありません。


2. 驚愕の報酬事情:一般議員は「タダ」が当たり前?

さて、最も気になる「お金」の話です。

日本の地方議員は、人口規模にもよりますが、生活を支えるための「議員報酬(給与)」が支給されます。

しかしフランスでは、地方議員の活動は、1789年のフランス革命以来の伝統として「無償の名誉職(Bénévolat)」が原則です。

法律でも、支払われるのは「給与(Salaire)」ではなく、あくまで「職務手当(Indemnité de fonction)」と定義されています。

ここで衝撃的なのが、「誰がいくらもらえるか」の格差です。フランスの議会には明確な階級社会があります。

① 一般議員(Conseiller municipal):ほぼ無報酬

役職を持たない平議員(ヒラ議員)には、原則として報酬がありません。

  • 人口10万人未満の都市: 自治体の判断で出すこともできますが、多くの場合はゼロ、あるいは月額数千円程度のお小遣いレベルです。
  • 大都市(人口10万人以上): ようやく手当が出ますが、それでも月額数万円〜十数万円程度。

つまり、フランスの平議員は、ドイツと同様に「完全なボランティア」として、仕事や家事の合間に活動しているのです。

② 市長と副市長(幹部):生活できるレベルの手当

一方で、責任ある立場には手厚い手当が出ます。

  • 市長(Maire): 人口規模に応じて上限が決まっており、中規模都市以上であれば、それだけで生活できる額(月額数十万円〜100万円近く)が支給されます。
  • 副市長(Adjoint): 市長を支える幹部議員たちです。彼らにも、市長の4〜5割程度の手当が支給されます。

フランスの報酬システムは、「責任を負うトップチームには金を払うが、それ以外のチェック役(議会構成員)は市民奉仕でやれ」という、非常にメリハリの効いた構造になっているのです。


3. 「アジョワン(副市長)」制度:議員が行政官になる

日本の議会とフランスの議会で決定的に違うのが、この「副市長(アジョワン)」の存在です。

日本では「二元代表制」といって、「市長(行政)」と「議員(立法)」は厳格に分離されています。議員が市役所の課長に命令したり、行政の実務を行うことはできません。

しかしフランスでは、選挙で選ばれた議員の中から「副市長」が選任されます。

そして市長は、この副市長たちに、「教育担当」「都市計画担当」「スポーツ担当」といった行政権限を委任(Délégation)します。

  • 日本の副市長: 多くは元職員などの行政のプロが就任し、市長を補佐する。
  • フランスの副市長: 政治家(議員)が就任し、担当分野の「大臣」として職員を指揮し、決定権を持つ。

つまり、フランスの市役所は、市長をトップとした「政治家チーム(内閣)」によって運営されているのです。

平議員(特に野党議員)は、この強力なチームが提案する議案を承認するか反対するかを議論する立場に留まります。権限と情報の格差は日本以上に大きいと言えます。


4. 選挙システム:「個人」ではなく「チーム」を選ぶ

なぜ、これほどまでに市長と与党議員が一体化しているのでしょうか。その秘密は「選挙制度」にあります。

日本の市議選は「候補者個人の名前」を書く投票(単記非移譲式)です。そのため、同じ党でも議員同士はライバルになりますし、当選した議員は一人ひとり独立した存在です。

対してフランスの市議選(人口1,000人以上)は、「拘束名簿式比例代表制(Scrutin de liste)」です。

有権者は、個人名ではなく、「リスト(名簿)」を選んで投票します。

「A市長候補のチーム」か、「B対立候補のチーム」か、という政権選択選挙なのです。

魔法の杖:「多数派ボーナス」

さらにフランス独自の仕組みとして「多数派プレミアム(Prime majoritaire)」があります。

1位になったリスト(チーム)には、自動的に議席の半数がボーナスとして与えられます。残りの半分の議席を、得票率に応じて各チームで分け合います。

このルールにより、選挙に勝ったチーム(市長派)は、必ず議会で「圧倒的過半数」を確保できるようになっています。

日本では「市長はA派だが、議会はB派が多数」という「ねじれ現象」が起きて市政が停滞することがありますが、フランスでは構造的にねじれが起きません。

「勝ったチームが全責任を持ってスピーディーに決める」。これがフランス流の民主主義です。


5. 「パリテ」の衝撃:なぜ女性議員が4割もいるのか

日本の地方議会における女性比率は平均15%程度と低迷していますが、フランスの地方議員の女性比率は40%以上(副市長レベルでも40%以上)です。

なぜこれほど違うのでしょうか。意識が高いから? いえ、「法律で強制しているから」です。

フランスには「パリテ(Parité / 同数)」法という強力な法律があります。

先ほど説明した選挙の「リスト(名簿)」を作る際、候補者を「男・女・男・女・男・女……」と交互に記載することが義務付けられています。これを守らないリストは受理されません。

このリストに基づいて当選者が決まるため、結果として議会の男女比は限りなく50:50に近づきます。

「女性を増やそう」という努力目標ではなく、「増やさなければ選挙に出られない」というシステム的な強制力。

「自由・平等・博愛」の国フランスらしい、理路整然とした(ある意味では過激な)平等の実現方法です。


6. 日本との比較:私たちは何を学ぶべきか

ここまで見てきたフランスの制度と、私たち日本の制度を比較してみましょう。

項目🇯🇵 日本の地方議会🇫🇷 フランスの地方議会
統治構造二元代表制

(市長 vs 議会)
執行機関一体型

(市長+副市長チームが運営)
選挙個人投票

(個人の人気・活動重視)
リスト投票

(政党・チームの方針重視)
議会構成ねじれが起こりうる勝者が必ず過半数 (安定重視)
議員報酬高 (生活給)

全員に支給
低 (無償〜手当)

幹部のみ高待遇
役割行政の監視・チェック行政の分担・執行 (副市長)
男女比女性は少ない男女半々 (法律で義務化)

フランス型のメリット

  • 決定が早い: 市長と議会多数派が一体なので、物事がスピーディーに進みます。
  • 多様性: パリテ法により、女性の政治参加が保障されています。
  • コスト: 一般議員が無報酬に近いため、議員数が多くても人件費は抑えられます。

日本型のメリット

  • チェック機能: 議会が市長から独立しているため、行政の暴走を止めるブレーキ役として機能しやすいです。
  • 個人の顔が見える: 「〇〇議員にお願いする」といった、市民と議員個人のつながりが深いです。
  • 活動量: 議員報酬が保障されている分、平日昼間に腰を据えて調査や活動ができます。

おわりに:チームとしての政治、個人としての政治

フランスの議会を一言で表すなら、「強力なキャプテン(市長)率いるチームによる政治」です。

そこでは、個々の議員のスタンドプレーよりも、チームとしての方針や、幹部(副市長)の実務能力が問われます。

一方、日本は「個々の議員が独立したチェック機関」です。

私たちは、フランスのように行政権限(副市長のような権限)は持っていませんが、その分、行政から独立した立場から、市民の声を届け、権力を監視する自由を持っています。

どちらが優れているという単純な話ではありません。

しかし、「なり手不足」や「女性議員の少なさ」に悩む日本にとって、フランスの「兼業を前提としたボランティア制」や「クオータ制(パリテ)の導入」といった大胆な仕組みは、議論の起爆剤になるはずです。

「政治家は職業であるべきか、名誉職であるべきか」

「リーダーシップを優先すべきか、チェック機能を優先すべきか」

遠くフランスの地で行われている、この合理的でドライな、しかし情熱的な自治の仕組みを知ることは、これからの京田辺市の議会改革を考える上でも、大きなヒントになるのではないでしょうか。

次回は、議会制民主主義の母国、「イギリス」の地方議会に迫ります。

そこには、また違った「プロとアマの使い分け」が存在しました。お楽しみに。

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