はじめに:情熱の国の「地方自治」事情
みなさん、こんにちは。京田辺市議会議員の長田和也です。
世界の地方自治システムを比較する連載シリーズ。
これまでにドイツ、フランス、イギリス、アメリカ、スウェーデンと、欧米の主要国を巡ってきました。
第7回は、イベリア半島の情熱の国「スペイン」です。
スペインと聞くと、闘牛やフラメンコ、あるいはサッカーを思い浮かべる方が多いでしょう。しかし、地方自治の視点で見ると、この国は日本にとって非常に親近感の湧く、ある深刻な悩みを抱えています。
それは「過疎化(空っぽのスペイン)」です。
国土の多くを占める地方部から人が消え、マドリードなどの大都市に集中する。この状況下で、スペインは日本とは比較にならないほど多くの「小さな村」を維持し続けています。
「議員の給料には、国の法律で厳格な上限がある」
「人口100人の村では、住民全員が議員になる」
今回は、独自の進化を遂げたスペインの地方議会の実態と、それを支える数字に迫ります。
1. 驚きの数字:8,000を超える自治体
まず、スペインの地方自治を理解するために、衝撃的な数字をご紹介します。
日本の基礎自治体(市町村)の数は、平成の大合併を経て約1,700になりました。
これに対し、スペインの基礎自治体(ムニシピオ)の数は、8,131もあります(2023年時点)。
人口は日本の半分以下(約4,800万人)なのに、自治体の数は4倍以上もあるのです。
これに伴い、地方議員の総数も膨大です。
スペイン全土の地方議員総数は、約67,500人にのぼります。(日本は約3万人)。
なぜこれほど多いのか。それは、スペインが「小さな村を合併させずに残しているから」です。
全自治体の約6割にあたる5,000近い自治体が、人口1,000人未満の小さな村です。中には人口数十人という村もザラにあります。
日本のように「合併して効率化」するのではなく、「小さくても自分たちのアイデンティティを守る」という道を選んでいるのです。
2. 選挙制度:「人」ではなく「政党」を選ぶ
スペインの市議会議員選挙は、フランスと同様に「拘束名簿式比例代表制(リスト方式)」が採用されています。
- 投票方法: 有権者は候補者個人名を書くのではなく、「政党のリスト」を選んで投票します。
- 拘束名簿: リストの順位は政党があらかじめ決めており、有権者が順位を変えることはできません。
- 結果: 「政党の看板」で選挙戦が行われるため、個人よりも党の方針が重視されます。
また、行政のトップである「市長(アルカルデ)」は、住民の直接選挙ではなく、選挙で選ばれた議員の中から互選で選ばれます(議院内閣制に近い形)。
通常は、多数派となった政党のリスト1位の議員がそのまま市長になります。そのため、市長と議会の対立(ねじれ)が起きにくく、強力なリーダーシップを発揮しやすい構造になっています。
3. 報酬制度:法律による「給与キャップ」
スペインの地方議員の報酬は、かつては自治体が自由に決めていたため、財政難の村で市長が高額な給料を得るなどの問題が起きていました。
そこで2013年、「地方行政合理化法(LRSAL)」という法律ができ、「人口規模に応じた給与の上限(キャップ)」が国によって厳格に定められました。
さらに特徴的なのが、議員の働き方による「専任」と「兼任」の区別です。
① 専任議員(フルタイム)
- 他の仕事をせず、議会活動に専念する議員。
- 市長や、主要な担当を持つ幹部議員が該当します。
- 報酬: 人口規模に応じた「給与」が支払われます。大都市では年収1,000万円を超えますが、小さな町では制限されます。
② 兼任議員(パートタイム)
- 別の仕事をしながら活動する議員。
- 報酬: フルタイム給与の50%や75%など、勤務時間に応じた額に減額されます。
③ 手当のみの議員(ボランティア)
- 人口1,000人未満の小さな村の議員など。
- 報酬: 給与はなく、会議に出席した際の「出席手当」のみが支払われます。
つまり、スペインでは「プロとして働くなら給料を出すが、片手間なら出さない。そして上限は国が決める」という、非常にシビアなルールが運用されているのです。
4. 究極の直接民主制:「コンセホ・アビエルト」
スペインの地方自治で最もユニークで、ロマンを感じさせるのが、人口100人未満の極小の村で行われている「コンセホ・アビエルト(開かれた議会)」という制度です。
こうした村には、選挙で選ばれる「議会」が存在しません。
では誰が決めるのか?
「有権者全員」です。
村の広場や集会所に、18歳以上の住民全員が集まり、村長(市長)の司会のもと、予算や条例を直接話し合って挙手で決めます。
議員を選ぶ必要さえない、古代ギリシャのような「直接民主制」が、現代のスペインの田舎で脈々と受け継がれているのです。
これは、過疎地だからこそできる、究極の自治の形とも言えるでしょう。
5. 日本との比較:システムが生む違い
これまでの内容を、日本と比較してみましょう。
| 項目 | 🇯🇵 日本 (一般的な市議会) | 🇪🇸 スペイン (ムニシピオ) |
| 自治体数 | 約1,700 (合併が進んだ) | 8,131 (小さな村が多数) |
| 議員総数 | 約3万人 | 約6.7万人 |
| 選挙制度 | 個人名投票・直接選挙 | 政党リスト投票・間接選挙(市長) |
| 報酬制度 | 自治体が条例で定める | 国の法律で上限規制あり |
| 議員の働き方 | 建前は平等 | 専任(プロ)と兼任(アマ)を明確化 |
| 極小自治体 | 議会を置く (または総会) | 住民総会 (コンセホ・アビエルト) |
私たちが学べること
① 「報酬」に対する国民的合意
スペインの「給与キャップ法」は、経済危機をきっかけに導入されました。「公金を使う以上、人口規模に見合った上限があるべきだ」という考え方は、日本でも議論の余地があります。同時に、プロ(専任)とボランティア(兼任)を明確に分けることで、住民の納得感を得ている点も参考になります。
② 「小さな自治」の守り方
日本は効率を求めて合併を繰り返してきましたが、スペインは「住民総会(コンセホ・アビエルト)」という低コストな手法で、小さな村の存続を可能にしています。
「議員のなり手不足」で議会維持が困難な日本の町村にとって、「議会をなくして住民総会にする」という選択肢は、あながち非現実的な話ではないのかもしれません(実際に日本の地方自治法にも「町村総会」の規定はあります)。
まとめ:過疎と情熱のあいだで
スペインの地方議会は、「大都市のプロフェッショナルな議会」と、「小さな村の人間味あふれる直接民主制」が同居する、非常に幅の広い世界でした。
自治体数が日本の4倍以上もあるということは、それだけ「自分たちの村の名前を残したい」という地元愛(パトリオティズム)が強いことの裏返しでもあります。
効率性だけを求めず、しかし報酬制度などでは厳格なルールを設ける。このバランス感覚は、人口減少社会に突入した私たち日本人が直視すべき、一つの「解」なのかもしれません。
さて、全7回にわたり世界各国の地方議会を見てきました。
どの国も完璧ではありませんが、どの国も真剣に「自分たちの暮らしをどう守るか」を模索しています。
私たちも、他国のシステムの一面だけを見た議論ではなく、多面的に知った上で日本の風土にマッチする形を模索していくべきではないでしょうか。
(連載 第7回 おわり)


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